テクニカル分析の世界には、多様なアプローチが存在しますが、その中でも独自の視点と高い分析力で多くの投資家を魅了してきたのが「ギャン理論」です。
伝説のトレーダー、ウィリアム・D・ギャンは、市場の背後にある法則性を紐解き、時間と価格の関係性、そして周期性を重視した分析手法を確立しました。
本記事では、ギャン理論の基本的な概念から、実際のトレードで活用するための主要なツール、そして重要な「ギャンの価値ある28のルール」までを詳しく解説します。株やFXの取引においてギャン理論を活用することで、これまで捉えきれなかった市場の動きを把握し、より精度の高い投資判断に繋げることが期待できます。
ギャン理論とは?伝説のトレーダー W.D.ギャンの功績
ギャン理論は、20世紀初頭に活躍した伝説的なトレーダー、『ウィリアム・D・ギャン(William Delbert Gann)』によって提唱されました。
ウィリアム・D・ギャン(1878年6月6日-1955年6月18日)
アメリカ合衆国テキサス州ラフキンで、綿花農家で教師だった父と敬虔なメソジスト(Methodist)教徒だった母の元に生まれます。24歳に綿花の先物取引をおこない、1908年、30歳のときにWDギャン・アンド・カンパニーを設立。
1909年、新聞社『ティッカー・アンド・インベストメント・ダイジェスト』の取材では、1909年10月に286回の売買をおこない、そのうち264回が利益(勝率92.3%)で、投資金を10倍にしたと報じられています。また、1914年には、第一次世界大戦や株価暴落を予想し的中させたことや、1929年の世界恐慌も的中させたとされています。
【1896年8月から1955年6月18日までのNYダウ 日足】
出所:ブルームバーグ
彼の相場分析のアプローチは数学的手法で、その範囲は幾何学から天文学、占星術など、広範に及ぶものでした。ひとつ有名なエピソードは、9ヶ月間に渡りニューヨークのアスター図書館やロンドンの大英博物館の資料から、過去700年間の物価と1820年以降の証券取引の市場動向の記録を調査したことではないでしょうか。
ギャンは、こういった調査・研究により市場の価格変動は単なるランダムな動きではなく一定の法則や周期に基づいて推移すると考えました。その上で、以下のような流れにより過去の価格パターンや時間軸、そして特定の角度などを分析することで、将来の値動きを予測しようと試みたのです。また、彼は独自の運用ルール「ギャンの価値ある28のルール」も確立します。特にこの運用ルールは、現代でも大いに活用できるものと思われます。
1.観測、調査、比較、研究
・時間と価格
・サイクル(=周期)
・タイムピリオド(=日柄)
2.分析、予測の為のオリジナルツール
・ギャンのスイングチャート
・ギャン・スクウェア(スクウェアリング)
・ギャン・アングル
・パーセンテージ・リトレースメント
・ギャンのタイムサイクル
・アニバーサリー・デイト
・ナインスクウェア・チャート(カーディナル・マップ)
3.運用ルール
・ギャンの価値ある28のルール
ギャン理論を構成する主要な分析ツール
ギャン理論は、いくつかの独自の分析ツールと概念によって構成されています。
1.ギャンのスイングチャート
ギャン独自のチャート描画方法ですが、日本発祥の「ローソク足」チャートに似ています。また、ギャンはその明示的な高値から安値、あるいは、安値から高値までに直線を引くことで、相場の波動やサイクルを確認していました。
【ローソク足とギャンチャート、バーチャートの比較】
ギャンチャートでは、〇印が始値、横棒が終値で表し、高値から安値までを囲うようなチャート描写になりますが、私が利用するチャートツールでは、ギャンチャートは表示できないため、ローソク足を使用します。ローソク足チャートにスイングチャート(黄色いライン)を表示したものが、以下のチャートです。
一般的なトレンドラインは、上昇時には安値と安値を結んだライン、下降時は高値と高値を結んだラインになりますが、スイングチャートの場合は、単に高値と安値を結んだラインになっています。
【米ドル/円 週足】にスイングチャート(黄色いライン)を表示したもの
2. ギャン・スクエア (Gann Square)
ギャン・スクエア(スクエアリング)は、価格と時間の関係性を視覚的に捉えるためのツールです。特定の価格(最安値や最高値)を基準点とし、正方形のマス目の中に価格と時間を配置することで、サポートラインやレジスタンスライン、そして重要な時間軸を分析します。上記のチャートでは、白い正方形で示した部分がギャンスクエアになります。
正方形にするためには、価格と時間が1対1になるよう上記のようにチャートを調整すると見やすくなりす。
3. ギャン・アングル (Gann Angles)
ギャン・アングルは、価格と時間の関係性を45度等の角度で示すツールです。代表的なものは以下のとおりで、これらを総称してギャン・ファンとも言います。
ギャン・アングルやギャン・ファンは、上昇トレンドや下降トレンドの勢いを判断したり、サポートラインやレジスタンスラインの候補となる価格帯及び時間を示唆したりします。
・1×1(45度のラインで「ワン・バイ・ワン」と読みます)
・2×1(「ツー・バイ・ワン」と読みます)
・4×1(「フォー・バイ・ワン」と読みます)
・1×2(「ワン・バイ・ツー」と読みます)
・1×4(「ワン・バイ・フォー」と読みます)
【米ドル/円 週足】にギャン・アングル(黄色いライン)を表示したもの
【ギャン・アングルの使い方】
上記のチャートでは、2024年9月安値を基準に、まず、相場は4×1と2×1の間で推移し、その後、2×1を下回ると2×1と1×1の間で推移。
次の1×1は、先ほどの1×1に対して直角に線を引き、その他のギャン・ファンを引きます。
そして、これらのラインがレジスタンスやサポートになるという考え方をします。
また、トレンドが変化した際には、同じ要領で正方形を書き足しギャン・アングルを引くという具合です。
4. パーセンテージ・リトレースメント
相場変動の揺り戻しの計算方法は、エリオット波動理論のフィボナッチ・リトレースメントが有名ですが、それ以前よりギャンはパーセンテージ・リトレースメントというものを開発していました。
具体的には、高値から安値、或いは、安値から高値までの値幅に対する87.5%、75.0%、62.5%、50.0%、37.5%、25.0%、12.5%の揺り戻しです。
※更に33.33%、66.66%などを加える場合もあります。
下のチャートは、ギャンのパーセンテージ・リトレースメントとエリオット波動理論のフィボナッチ・リトレースメントの水準を比較したものです。
【米ドル円 週足チャート】におけるパーセンテージ・リトレースメントとフィボナッチ・リトレースメントの比較
このように比較すると、パーセンテージ・リトレースメントもフィボナッチ・リトレースメントもほぼ同じような水準になっているように見えます。
リトレースメントは価格水準の目安として利用される訳ですから、「どちらを利用しても水準感はさほど変わらない」というのが、個人的な印象です。
しかし、ギャンの場合、長期相場の分析をおこなう上では、高値⇔安値ではなく、0円をベースに高値を100%としたパーセンテージ・リトレースメントも利用している点が、大変ユニークです。
【日経平均株価指数 年足チャート】に0円をベースにしたパーセンテージ・リトレースメント
5. タイム・サイクル (Time Cycles)
ギャンは、市場には一定の周期が存在すると考え、様々なタイム・サイクルを分析しました。日足、週足、月足といった基本的な時間軸だけでなく、より複雑なサイクルを組み合わせることで、重要な転換期を予測しようとしました。その上でカギになるのは、「ナチュラル・タイムサイクル」です。「ナチュラル・タイムサイクル」とは、1年間を12に分割したもので、1/2=約180日、1/3=約120日、1/4=90日などが重要としています。
なお、サイクルとは上昇下落といった期間を意味し、タイムピリオドとは、上昇の期間や下落の期間を意味します。
具体的な分析手順は、
①長期サイクルを把握する(3年以上7年程度のデータから確認)
②中期サイクルを把握する(40週から60週程度)
③短期サイクルを把握する(20週程度)
④ナチュラルタイムサイクルとの一致をチェックする
⑤タイムピリオドを把握する
⑥過去最大及び最小のタイムピリオドを把握する
⑦トレンドの持続期間を推定し、相場予測に利用する
※①から③は週足以上のチャートで確認
【日経平均株価 月足を用いてギャンのタイム・サイクルを実践】
高値と高値のサイクルは、36ヵ月±2ヵ月(38、35、34)
安値と安値のサイクルは、35ヵ月±5カ月(30、39、37)
したがって、次のサイクルの高値は2027年5月から2027年9月の間、次のサイクルの安値は2027年10月から2028年8月の間といった想定ができ、買いポジションなら2027年春頃までは保有できそうだという予測が立てられます。
次に、タイムピリオドです。メイントレンドの長さを測るので、以下のようになります。
【日経平均株価 月足を用いてギャンのタイムピリオドを実践】
安値から高値までのタイム・ピリオドは、サイクルは、29ヵ月±4ヵ月(27、33、28)
したがって、2025年4月から25ヵ月から33ヵ月後となる2027年5月から2028年1月の間に高値を付ける可能性も見えてきます。
一方で、安値から安値のサイクルが35ヵ月なので、相場の反落期間は、概ね6ヵ月程度だということもわかります。
ギャン理論におけるサイクル分析は、モダン・サイクル分析とは異なりこのようなアプローチで相場の高値や安値のポイントを想定する訳です。
※モダン・サイクル分析では、安値と安値でサイクルを計算します。
6.アニバーサリー・デイト
アニバーサリー・デイトとは、毎年、同じ日付で相場が転換するという考え方です。ただ、毎年ぴったり同じ日かといえば、翌年はその日が土日の場合もあり、また平日であっても数日のズレは当然発生すると考えられているようです。
なお、日本テクニカル分析大全によるとアニバーサリー・デイトは、「日経平均株価や為替相場などには比較的有効なテクニックである。一方、株式の個別銘柄や非常にマイナーな商品などにはほとんど機能しない。意外なことであるが、参加者が多い相場の方が有効である。」とされています。
7.カーディナル・マップ(ナイン・スクエア・チャート)
カーディナルマップとは、下の図のように中心から時計回りに等差数列(あるいは等比数列)を書き込んだもので、価格の予測だけでなく時間の予測にも用いられています。
考え方としては、中心から上下左右、斜めの価格が高値や安値の目途になるとして利用されます。※時間予測をする場合には、中心を数年に1度といった日付を中心にプロットし、時計回りに日付を増加させていきます。
ギャンの価値ある28のルール
ギャンは、長年のトレード経験から学び得た、市場で成功するための重要な28のルールを提唱しました。これらのルールは、資金管理やリスク管理から具体的な取引戦略にまで及びます。
ギャンの28のルール
ルール1:投資金を10等分し、1回の取引で資金の10分の1以上のリスクを取らない。
ルール2:逆指値注文(ストップロス注文)を使うこと。常に逆指値をおいてポジションを守ること。
ルール3:過剰な売買をしてはいけない。
ルール4:利益を損失にしない。含み益が出始めたら、利益を失わないよう逆指値注文を現在価格に近づける。
ルール5:トレンドに逆らってはいけない。自分のテクニカル分析と取引ルールに従い、自信が無いときは売買しない。
ルール6:疑わしい時はポジションを決済し、エントリーしない。
ルール7:活発な銘柄のみ取引する。動きが鈍い、または、流動性の低い銘柄は取引しない。
ルール8:リスクを均等に分散する。できれば複数の銘柄に投資し、運用資金すべてを一つの銘柄に集中することは避ける。
ルール9:指値注文を使ってはいけないし、売買の価格を固定してはいけない。成行注文で取引すること。
ルール10:十分な理由がないのに手仕舞ってはいけない。利益を守るには、逆指値注文を使うこと。
ルール11:利益確定したら別口座で管理し、緊急時やパニックの時にだけ使うこと。
ルール12:スキャルピングをしない。配当目当ての取引をしない。
ルール13:ナンピンをしない。ナンピンはトレーダーの誤りの一つである。
ルール14:我慢しきれないというだけで手仕舞いしてはいけないし、待ちきれないというだけでエントリーしてはいけない。
ルール15:小さな儲けと大きな損失は避ける
ルール16:ポジションを持つと同時に逆指値注文を置き、これをキャンセルしない。
ルール17:頻繁な売買は避ける。
ルール18:買いから入るのと同様に売りから入ることをいとわない。トレンドに追随した売買をおこなうこと。
ルール19:価格が安いというだけで買ってはいけないし、高いというだけで売ってはいけない。
ルール20:ピラミッディングのタイミングに注意する。抵抗線を上回ってから買い増しし、支持線を下回ってから売り増しすること。
ルール21:買い増しは明確な上昇トレンドのときにおこない、売り増しは明確な下降トレンドのときにおこなうこと
ルール22:両建てをしてはいけない。ポジション保有時に評価損失が出始めた場合、ヘッジ目的で反対のポジションを持ってはいけない。この場合は一度手仕舞いし次の機会を待つこと。
ルール23:十分な理由が無ければ取引してはいけない。ルールに従い取引し、明確なトレンドの変化が確認できなければ、手仕舞いしてはいけない。
ルール24:大きな利益が出た後や長期間成功した後は、取引量を増やさない。
ルール25:相場の天井や底値を推測してはいけない。
ルール26:自分より相場を知らない人のアドバイスに従ってはいけない。
ルール27:損失が出た後は取引量を減らすこと。決して増やしてはいけない。
ルール28:誤ったエントリーや誤った手仕舞いをしないこと。
これらのルールの本質は、行動経済学にあります。
多くの投資家は利益が積み上がると、自己高揚バイアスが働くことで自信過剰になりリスク管理が甘くなります。また、プロスペクト理論で示されているとおり、多くの投資家は目の前の利益はすぐ確保し、逆に損失は先延ばししようとする(損失回避)ため、利益確定が早く損切りが遅いといった傾向があります。挙句の果てには、ナンピンしてしまう人もいらっしゃるのではないでしょうか。
ギャンの価値ある28のルールは、まだ「行動経済学」が確立されていない時代、ギャン自身の体験から得た教訓で、今でも通用するルールだと思います。ちなみに、ダウ理論やエリオット波動論をはじめ多くのテクニカル分析やテクニカル指標の本質は群集心理の分析になりますが、ギャン理論においては1トレーダーが陥る心理バイアスについても触れている点がとても興味深いです。
ギャン理論を実践で活用するために
ギャン理論は、上記のとおり大変独特な分析手法で、現代のマーケットでこれを実践されている投資家は少ないと思われます。
また、投資家の皆さんがお使いのトレードツールやチャートツールにギャン・アングルやギャン・スクウエア、ギャン・ファン、スイングチャートなどといったギャン理論をベースにした分析ツールが搭載されていない可能性も高いです。
しかしながら、ギャンのタイムサイクル分析やパーセンテージ・リトレースメント、アニバーサリーデイトなどは、現在の相場においても活用できそうなツールは、是非、覚えておくべきではないでしょうか?
更に、ギャンの価値ある28のルールは、現代でも通用するものと考えられます。リスク管理と損小利大を心掛け、トレンドを意識してトレードすることは、利益を上げるためにとても大切です。
皆さんのトレードにおいても、最終的に損失を少なくし利益をあげるためにどうしたらよいのか、ギャンのルールを参考にしていただけたら幸いです。